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~真実は珊瑚蓮の蕾に宿る~ 10

last update Terakhir Diperbarui: 2025-10-05 17:41:38

「そうはさせないよ」

 割り込んできた中性的な声に、周囲が顔を見合わせる。声の主が誰なのかに気づいた道花は思わず名を呼んでいた。

「慈流! 無事だったのね」

「道花。すまない。ようやく決心がついたよ」

 至高神によって助けられたカイジールは真っ先に桃花桜宮へ戻り、道花と九十九、そして那沙の姿を確認し、あははと笑う。

「カイジール! あんた……まさか」

 那沙は彼の変化に気づき、顔色を変える。そのまさかだよとカイジールは胸を張る。西洋服を着たままの彼の胸元がぷるんと揺れた。すらりとしていた体躯には、ふくよかな曲線が生まれ、今まで以上に妖艶な雰囲気を纏わせている。

「慈流、あなたまさか女になったの?」

 道花が声を荒げ、それに追従するように那沙も溜め息をつく。

 男として今後の人生を過ごすことを選んだ彼の身体が――完全に女性化している。

「そう、そのまさかだよ。女王陛下に捕まったボクを助けてくれた至高神がおっしゃったのさ。道花、君と女王陛下のどちらをも救いたいのなら、ボクが女になって五代目オリヴィエを襲名すればいいだけのことだ、って」

 かつて自分の運命が珊瑚蓮に決められているのを厭った人魚の女王が自分の娘にオリヴィエの名を与え、生き延びたという伝承がある。至高神は那沙ですら知らされなかった人魚の一族のごく一部のものにしか伝えられていなかった真実を当り前のように説明し、カイジールにその役を押し付けたのだ。

 たしかに、一度は膨らみかけた珊瑚蓮の蕾が枯れ、かわりに繁栄を促すかのように葉が生い茂り海を覆い尽くしたことがある。あれは、先の女王オリヴィエが後継を定めて生き延びたから起きた現象だったのかと今更のように那沙は息をつく。至高神に珊瑚蓮の花が咲くとオリヴィエが死ぬと告げられるまで、女王と珊瑚蓮の関係を把握することができずにいた自分の至らなさに嫌気がさす。

「至高神がそう考えたのなら、あながち悪い方法ではないのかもね」

 那沙が溜め息混じりにカイジールに応えれば、かつて男性だった彼女もまた、苦笑を浮かべる。

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